Cheatin' In The Next Room / Otis Clay
その曲は"Cheatin' In The Next Room"。
ジョージ・ジャクソン作の美しい曲、と書くと「えっ、軽快なミディアム・リズムの曲じゃないの」と思われる方もいるだろう。
だが、しばらく前からこの曲の本質は違うのではないかと思いはじめ、今回それを確信することができた。
なんて思わせぶりですね。
なんのことはない、数年前に出たジョージ・ジャクソンの未発表集CDに彼自身による演奏が入っており、それがバラードに近かったため、おやと思い、数日前にこの曲の和訳を知って、なるほどと得心したというだけ。
訳詞は日本における"Music for black people"の碩学、中河伸俊さんの手になるものを読んだ。
中河さんがネットにお書きになったものだが、オープンなスペースではなく会員制SNS上なのでURLを貼り付けられないのが残念。
実はこれ別れの歌。それも一緒に暮らしている女が、こっそり隣部屋(next room)で別な男と逢い引きの打ち合わせをしているのを感づいてしまった男の苦悩の歌。
最後の"That's all right, Soon I'll be gone --- "は「わかったよ、僕はすぐにこの家を出て行くよ」という意味だったのだ。
この曲はもともとはZ.Z.ヒルが歌った。それについてはちょっとだけ以前触れたことがある。
だが、僕が最も聴き、入れ込んだのは同時期に出たオーティス・クレイのバージョンだった。オーティスの三度目の来日にあわせ、当時のクレイの録音(Echo他)をまとめた日本編集のLPが出て、韋編三度絶つ(=俗に言う、レコードがすりきれるまで)というほど聴いた。
その後CDにもなった。下記のデータと今日のジャケット画像はそのCDのもの。
The Only Way Is Up Otis Clay (Waylo Way 269504 2)
裏ジャケットに1975年~85年の録音を集めたものと書いてあるが、これは間違い。一番古い"Victim Of Circumstance"が1975年であっているが、新しいものでも81年までだろう。
なにせこのCDの内容はまるごと日本編集盤を使っており、その日本盤(ビクター VIP-6819)が出たのが82年だから。なおこのCD裏ジャケットにはThanksとして、桜井ユタカさんはじめ何人かの日本人の名前がクレジットされている。
さて今日の話題のオーティス・クレイによるこの曲をまずは聴いてもらおう。
Cheatin' In The Next Room / Otis Clay
この軽快さにだまされる。まさか不倫&別れソングだったとはね~
一番、ずるいのは曲の冒頭、クレイは「Cheatin' In The Next Room~」と歌ったあと、へっへっと笑う。この笑いはどう聴いても嬉しそうでしょ。
だから僕はずっと「隣の部屋でいちゃいちゃといけないことをするんだも~ん」という歌だと思っていた。
隣の部屋の女の子は怖いお父さんと一緒に暮らしている。その娘から電話がかかってきて「今、私一人なの」(Talkin' softly on the telephone )。
「えっ、お父さんいつまで帰ってこないの?」と、いけない打ち合わせ(Makin' plans to be together soon)。
そして最後の"That's all right, Soon I'll be gone --- "は「よっしゃ、今からそっちの部屋に突撃だぁ」という、いきりたった(!)状態だと。
いわゆる「ライオンは寝ている(Lion Sleeps Tonight)」パターンだと思ったものが、中河さんの正確な訳で一転急直下に転落。
その本来の意味する「同じ屋内で、相手の不実を知ってしまい、俺は出て行く」というのは、カントリー・ブルースの典型的な歌詞のパターン。この曲が80年代から黒人の間で不変の人気を保ち、21世紀の今日ではソウルのスタンダード曲と言っていい位置を得た要因の一つだろう。
けれども、なぜクレイは「へっへっ」と笑ったのかねぇ。
女に裏切られた自嘲の笑いなのか。
いや、「これから俺は不滅の名唱を聴かせてやるぜ」という不敵な笑いだと思いたい。多分違っているのだろうが、そうであってほしいと思わせるほどの傑作に仕上がっている。
あの頃の僕にとってオーティスとは、レディングではなく、あなただったんだよ、クレイ。
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