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Willie Clayton "Call Me Mr.C"

Willieclayton18 今回はウィリー多作の秘密を考えてみるのでおつきあい願いたい。

 ウィリーはなぜこんな数のCDを出し続けることができたのだろう。
 しかもこれまで見てきたように、旧作のダブりが甚だしく、日本のソウル・ファンには失望を与え続けるような代物ばかり。腰をすえれば、充実した内容のものが出来るはずなのに。

 僕は、ウィリーがある場所で全米一のスターに成り上がったからだと考えている。

 それはチタリンサーキット。
 南部には、黒人たち(ありていに言えば高年齢かつ低所得層)が集まるスポットが街ごとにあり、それを総体としてチタリンサーキットと呼ぶ。
 力のある芸人は、このチタリンサーキットを巡ることで充分に喰っていくことができる。

 ウィリーがそこでどのくらいの支持を受けているかは数年前に出たDVDで伺い知れる。太った40歳以上のおばちゃんがキャーキャーと群がる。その熱気はものすごいもので、日本のドサ周り芸人の看板役者に札びらのご祝儀を差し出すおばちゃんの熱狂と重なる。

 年に一回、ウィリーが街に来る。
 ショーがはねた後、ウィリーのサイン入りCDが売られる。それはインディーズレーベルとしては相当な数になる。

 年一枚、出せば売れるのだから粗製濫造だろうが、そりゃ出すでしょ。

 その人気に支えられているのだから、僅かばかりのマネーのために日本の数少ないソウル・ファンの前で歌う必要なんてない。ウィリーほどのシンガーがずっと来日していないのもそのためだと思う。

 以上、あくまで僕の考えで確証はないので妄信はしないように。


 というわけで今日取り上げるアルバム。とうとう自身のレーベルを起ち上げた。

Call Me Mr.C Willie Clayton (Claytown BCC-2004)-2000-

 僕の推測の延長だが、とにかく出しただけ売れるのだから、いっそ自分で作ろうというということだろう。

 ただしプロデューサーにまたポール・リッチモンドを呼んできた。

 もう一つ仮説。

 ウィリーが盛んに用いるタイロン・デイビス・スタイル。そもそもこのスタイルが現在の南部で衰えぬ人気を保っているし、ウィリーにあっている。彼自身も相当に好きだとは思う。

 しかしポール・リッチモンドが加わると、アルバムにおけるタイロン調の曲数比重が明かに増す。

 これはリッチモンドの仕業なのだと思う。彼の最高の仕事のひとつがコロムビア時代のタイロン・デイビスとの組み合わせで、それ以来タイロンとの関係もある。
 
 こっちは仮説というより確信がある。その証拠をこの後の曲紹介で書く。

01 Scandalous
02 Party like We Use To Do
03 Simply Beautiful
04 I Can't Leave Your Love Alone
05 Heart Have A Change Of Mind
06 He Don't Love You Like I Do
07 Good Enough To Keep Me
08 Same Thang Make You Laugh
09 Talk To Me
10 A Woman Needs To Be Loved
11 Without You In My Life
12 My Heart Can't Let You Go

 1がまさにタイロンのスタイル。僕はマンネリというものが嫌いではないが、それにしてもサウンドが十年一日変わらない。リッチモンドの仕事は相変わらずだ。

 2、チタリンサーキットについて書いたのはこの曲が入っているから。明らかにそれ向けの曲。
 「昔は良かったね、一晩中素敵な音楽で踊ったじゃないか」、「I wanna Be Back、Do you wanna be back」といいう繰り返し。メロディも綺麗でぐっとくる。
 中盤に語り。「さああの頃に戻ろう」、「あのOld scool songでね」と語りかけ、終盤では様々なソウル・スターの名を歌に織り込む。
 エディ・ケンドリックス、サム&デイブ、ジョニー・テイラー、マービン・ゲイ、ジャッキー・ウィルソン、サミー・デイビスJr.。
 特にジョニー・テイラーは感情を込め二回叫ぶ「ジョニー・テイラー、ああジョニー・テイラー」という感じ。この面子のなかで一番、南部黒人大衆に向いていたシンガーだ。
 大変に素晴らしい曲なのだが、悔しいことにポール・リッチモンドのサウンドがしょぼすぎる。サウンドだけリメイクすれば傑作となるのに。

 3、94年の同名アルバム収録曲だが、ギターの音が違うように聞こえる。微妙な違いでリメイクなのか、リミックスなのかわからない。なぜこんなことをするのかリスナーとしては理解しがたいが、それで売れるのなら---ねぇ。

 4、ブルージーなリズム・ナンバー。新鮮なのだが曲がいまひとつ魅力に欠ける。

 5はこのアルバムの聞きもの。ベティ・ライトとのデュエット。サウンドがはっきりと厚みを増し、コンテンポラリーR&Bとして違和感がない。それもそのはず、この曲はベティ嬢のお膝元マイアミ録音。そしてプロデュースはKC!
 美しいバラード。ベティ嬢の声はさすがに衰えがあるが味のあるもの。ウィリーの歌はもちろんばっちり。
 罪を彼にかぶせてばかりで申し訳ないがポール・リッチモンドに決定的に足りないものがこの曲でわかる。

 6、まあまあのミディアム。先の曲のあとでは分が悪い。

 7、珍しく正統派(70年代っぽい)サザン・ソウル・バラード。ただ音のしょぼさがかえって耳につく。ドラムの音駄目、ギターが綺麗すぎ、もっと歌にからまってこないと。

 8、NHK昼番組のジングルのような「あたりさわりのない」サウンドの中で歌だけが突出するのが悲しい。

 9はアルバム"It's About Love"収録曲だが、これははっきりリメイクしている。さらにこの曲はタイロン・デイビスも92年に歌っている。ここにタイロンとウィリーを結ぶ線が見え、それは即ちポール・リッチモンドということになる。なおタイロンのそれはアルバム"I'll Always Love You"に収録されており、曲名が"Talk To You"と少し違う。

 10、先に続いて最高にややこやしいので心してお読みいただきたい。これはタイロン・デイビスの名唱のカバー。タイロンの曲のなかでもディープさでは随一という曲だ。
 しかし、ウィリーはかって同名異曲を歌ったことがある。それはウィリーの自作曲だった。そして、本当にややこやしいのだが、そのウィリーの作ったほうの"A Woman Needs To Be Loved"を、タイロンが歌っている。それもまさに上の9と同じアルバムで!バック・トラックも共に同じだ。
 さて、話をこっちに戻して(こんがらないように!)、タイロン曲のウィリーによるカバー。歌はすごい。サウンドも原曲になぞっていて、苦しい部分もあるがまずまず。

 11、はいまたタイロン調です。もしかしてこれもタイロンが歌っていたりして。ウィリーとタイロンの関係は、もっと調べてみる必要がありそうだ。来年あたりタイロンのコンプリート紹介でもやるか(笑)

 12、ちょいダウンホーム風味強みのタイロン調。

 以上。
 2がまぶしいのと、ベティ・ライトとのデュエットの5だけが印象に残る。
 アルバムの出来としてはウィリーのなかでは平均以下と言わざるを得ない。
 

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